システム開発において、要件定義は最も重要なフェーズの一つです。要件定義がしっかりしていないと、開発の途中で仕様変更が頻発したり、完成したシステムがユーザーのニーズを満たさなかったりと、様々な問題が発生します。私はこれまでシステムエンジニアとして多くのプロジェクトに携わり、現在はPMとして要件定義の現場に立ち会っています。本日は、要件定義において私が大切にしていることについてお話しします。

1. ステークホルダーとの信頼関係構築
要件定義で最も大切にしていることの一つは、ステークホルダーとの信頼関係の構築です。要件定義はシステムの機能や性能を決める重要なプロセスですが、それ以上に関係者との良好なコミュニケーションが成功の鍵を握ります。私がAppleで働いていた時も、現在のベンチャー企業でも、まず最初に取り組むのは関係者との関係構築です。具体的には、初回のミーティングでは技術的な話よりも、相手の業務内容や困っていること、将来のビジョンなどをじっくり聞くようにしています。相手が何を求めているのか、何に悩んでいるのかを理解することで、真に必要なシステムの姿が見えてきます。また、専門用語を避け、わかりやすい言葉で説明することも心がけています。技術者と非技術者の間の「翻訳者」としての役割を果たすことで、互いの理解が深まり、より良い要件定義につながります。

2. 「なぜ」を徹底的に掘り下げる
要件定義において、「この機能が必要です」という要望をそのまま受け入れるのではなく、「なぜその機能が必要なのか」を徹底的に掘り下げることを大切にしています。クライアントが言う「欲しい機能」は、実は本当の「ニーズ」ではないことが多いのです。例えば、「月次レポートを自動生成する機能が欲しい」という要望があった場合、「なぜその機能が必要なのか」を掘り下げていくと、「毎月の業績を効率的に把握したい」という本質的なニーズが見えてきます。さらに「なぜ効率的に把握する必要があるのか」と聞くと、「問題があれば早期に対策を打ちたい」という真の目的が明らかになります。このように「なぜ」を5回程度繰り返すことで、表面的な要望の背後にある本質的なニーズを理解することができます。本質を理解することで、より適切な解決策を提案できるようになり、結果的にクライアントの満足度も高まります。

3. 優先順位をはっきりさせる
要件定義のプロセスでは、様々な機能や要望が出てきますが、すべてを同じ優先度で扱うとプロジェクトが肥大化し、予算や期間を超過してしまう恐れがあります。そのため、私が大切にしているのは、要件の優先順位をはっきりさせることです。具体的には、MoSCoW法(Must have、Should have、Could have、Won't have)を用いて、各要件を4つのカテゴリに分類します。「Must have」は絶対に必要な機能、「Should have」は重要だが必須ではない機能、「Could have」があれば良い機能、「Won't have」は今回は実装しない機能です。この分類をステークホルダーと一緒に行うことで、何が本当に重要なのかを共有することができます。また、この作業を通じて、予算や期間の制約の中で何を優先すべきかの合意形成ができるため、後々の「思っていた機能が入っていない」といったトラブルを防ぐことができます。

4. 具体的なユースケースで確認する
要件定義において抽象的な議論だけでは、実際のシステム利用イメージが共有できず、認識のズレが生じやすくなります。そこで私が重視しているのは、具体的なユースケースやシナリオを用いて要件を確認することです。例えば、「ユーザーAさんがログインして、こういう操作をして、こういう結果を得る」といった具体的なストーリーを作成し、それに沿って要件を検証していきます。また、ペルソナ(架空のユーザー像)を設定し、そのペルソナがシステムをどのように使うかをシミュレーションすることも効果的です。具体的なシナリオを用いることで、抽象的な機能要件が実際の業務フローの中でどう機能するのかを確認でき、見落としていた要件や矛盾点を早期に発見することができます。私のプロジェクトでは、要件定義書だけでなく、ユースケース図やシナリオ文書、場合によってはプロトタイプも作成し、クライアントと一緒に確認するようにしています。

5. 非機能要件も忘れずに
システム開発において、機能要件に注目しがちですが、非機能要件(性能、セキュリティ、可用性、拡張性など)も同様に重要です。私が要件定義で大切にしているのは、これらの非機能要件もしっかりと定義することです。例えば、「システムは24時間365日稼働すること」「ピーク時の同時アクセス数は1000ユーザーを想定」「データのバックアップは1日1回実施」「セキュリティ監査に準拠したシステムであること」などの要件を明確にします。非機能要件は後から変更するのが難しく、アーキテクチャ設計に大きな影響を与えるため、早い段階で確定させることが重要です。また、非機能要件の中には、クライアントが当然と思っていて明示的に要求しないものもあるため、こちらから積極的に確認することも必要です。私はチェックリストを用意し、各項目について確認するようにしています。

6. 変更管理のプロセスを確立する
要件定義が完了した後も、プロジェクトの進行に伴って要件の変更や追加が発生することは避けられません。そのため、私が大切にしているのは、要件変更のプロセスを明確に確立しておくことです。具体的には、変更要求の提出方法、評価方法、承認プロセス、影響範囲の分析方法などを事前に決めておきます。また、変更による予算や期間への影響を明確にし、クライアントに伝えることも重要です。「この変更を入れると、予算がこれだけ増加し、納期がこれだけ延びます」という具体的な情報を提示することで、クライアントは変更の重要性と影響のバランスを考慮した判断ができます。さらに、変更履歴を適切に管理し、誰がいつどのような変更を要求し、それがどのように処理されたかを追跡できるようにしておくことで、後々のトラブルを防ぐことができます。

7. 合意形成と文書化の徹底
要件定義の最終段階では、すべての関係者の合意を得ることが重要です。私が大切にしているのは、単に要件定義書を作成するだけでなく、その内容について関係者全員が理解し、合意していることを確認することです。そのために、要件定義書のレビュー会議を開催し、各要件について一つ一つ確認していきます。特に重要なのは、技術者だけでなく、実際のエンドユーザーや経営層も含めた多様な視点からのレビューです。また、合意した内容は必ず文書化し、後から「言った・言わない」の議論が生じないようにします。文書は単なる技術仕様書ではなく、非技術者でも理解できる平易な言葉で記述し、必要に応じて図表やイラストを用いて視覚的に説明することも心がけています。最終的には、この要件定義書が契約の一部となることも多いため、法的な観点からも正確さと明確さが求められます。

まとめ:良い要件定義がプロジェクト成功の鍵
要件定義は、システム開発プロジェクトの成否を大きく左右する重要なフェーズです。私がこれまでの経験から大切にしていることをまとめると、①ステークホルダーとの信頼関係構築、②「なぜ」を徹底的に掘り下げる、③優先順位をはっきりさせる、④具体的なユースケースで確認する、⑤非機能要件も忘れずに、⑥変更管理のプロセスを確立する、⑦合意形成と文書化の徹底、の7点になります。これらのポイントを押さえることで、クライアントの真のニーズを満たすシステムを効率的に開発することができます。また、要件定義は単なる技術的な作業ではなく、コミュニケーションやファシリテーション、交渉といった「人」に関わるスキルも重要です。技術力だけでなく、これらのソフトスキルも磨きながら、より良い要件定義を目指していきたいと思います。皆さんも自分なりの「大切にしていること」を見つけ、プロジェクトの成功率を高めていってください。
